東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)89号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
本願発明は、方法の発明である本願第一発明と物の発明である本願第二発明とを包含するものであることは前示発明の要旨により明らかであるところ、審決は、その説示内容に照らすと、両発明につきそのいずれもが引用例一記載の発明に基づいて当業者において容易に発明をすることができたものであると認定、判断した趣旨であると解される。これに対し、原告が審決の取消しを求める本訴において具体的に主張する違法事由の内容は、もつぱら本願第一発明に関する審決の認定、判断の誤りをいうものと解されるので(前記のように本願第一発明と第二発明の双方について認定、判断した趣旨と解される審決の取消しを求める原告の主張として上記のような主張内容で十全であるかについては、しばらく措く。)、まず、原告の右主張について検討することとする。
原告は、本願発明(本願第一発明)においては、測定反応としてレドツクス反応を使用して基質又は酵素活性度を測定するに当たり、アスコルビン酸酸化酵素を反応混合物中に添加しているのに対し、引用例記載のものにおいてはアスコルビン酸酸化酵素を反応混合物とは別個の要素の層中で使用しているという相違点があるのに、審決はこれを看過している旨主張する。
1 前示本願発明の要旨と成立に争いのない甲第五号証(本願発明の特許出願公告公報)、第八号証(昭和五八年八月三〇日付手続補正書)によれば、本願第一発明は、「測定反応としてレドツクス反応を適用する基質又は酵素活性度の測定法に関する」「右公報第四欄第二、第三行)ものであるが、試料物質である「薬剤又は生理的溶液例えば血清又は尿、含アスコルビン植物液又はアスコルビン酸を含有するか又は添加されたその他の食品を試験する場合、アスコルビン酸は強還元剤として障害を惹起する。」(同第四欄第一一ないし第一五行)ので、「測定反応としてレドツクス反応を適用する、アスコルビン酸により妨害されない基質又は酵素活性度の測定法を開発すること」(同第四欄第四二行ないし第五欄第一行)を目的とし、右測定に当たり、西洋かぼちや(キユーカビタ ペポ メドウローサ)から得たアスコルビン酸酸化酵素の存在下で行うことを特徴とする測定法であること、本願第一発明によれば、アスコルビン酸酸化酵素は次の反応、すなわち、
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において触媒の役割をし、この反応の結果アスコルビン酸はデヒドロアスコルビン酸に変化するので(前記公報第五欄第四ないし第七行)、前記障害の惹起は解消されるものであることが認められる。そして、前掲甲第五号証によれば、本願発明の特許出願公告公報の発明の詳細な説明には、「速診断薬の領域に適用するためにも本発明は特に重要である。この種の速診断薬は通常方法実施に必要な種々の試薬を吸収性担体に含浸させるか又は適当な接着剤を用いて担体シート上に被覆した形で含有する。」(前記公報第七欄第一九ないし第二三行)と記載され、右記載に引き続いて、(1)「その場合有利な実施形式はアスコルビン酸酸化酵素をその他の試薬の混合物に添加し、次いで吸収性担体に含浸させるものである。この方法で例えば尿中のグルコース検出用(中略)、尿中の血液検出用(中略)及び便中の血液検出用の、アスコルビン酸により実際上妨害されない試験紙が得られる。」(同第七欄第二三ないし第三二行)、(2)「アスコルビン酸酸化酵素を別の担体上にもたらし、それをその他の試薬の担体と例えば積層、接着又は共同シールにより合体させることも出来る。アスコルビン酸酸化酵素用の担体として特に有利なものはこの場合いわゆる水溶性紙(中略)であり、これは他の試薬の担体上の着色反応を特別良好に識別させる。この様な実施形式は試薬混合物中にアスコルビン酸酸化酵素と相和性でない物質、例えばウロビリノゲン、ビリルビン及び亜硝酸塩の測定法で使用される如き強酸性試薬が存在する場合に特に有利である。」(同第七欄第三九行ないし第八欄第六行)と記載されていること、本願発明の特許請求の範囲には、右(1)に対応する実施態様項として、「基質検出用の系及びアスコルビン酸酸化酵素が吸収性担体物質(中略)に含浸されている」(第一四項)ものが、右(2)に対応する実施態様項として、「アスコルビン酸酸化酵素がシート状の水溶性担体物質上に含浸され、基質測定用の系がシート状の水不溶性、吸収性担体物質上に含浸され、この水溶性及び水不溶性の両担体物質が積層されている」(第一七項)ものがそれぞれ記載されていることが認められる。
以上認定の事実によれば、本願第一発明は、速診断薬(試験紙)にも適用することができ、その適用に当たつては試薬の混合物にアスコルビン酸酸化酵素を添加し、これを吸収性担体に含浸させてもよいし、また、試薬を含浸させた担体とアスコルビン酸酸化酵素を含浸させた担体とを積層等の型態によつて合体させてもよく、これらの手段によつて得られる速診断薬(試験紙)に試料物質(被試験溶液)を接触させた際、試料物質と試薬が反応する場にアスコルビン酸酸化酵素が存在することになり、試料物質中に存在するアスコルビン酸による測定障害の惹起は解消されるものと認められる。
原告は、本願発明の特許請求の範囲第一項に「測定反応としてレドツクス反応を使用して基質又は酵素活性度を測定するに当り、(中略)アスコルビン酸酸化酵素の存在下で行う(後略)」と記載されていること、及び本願明細書に記載されている本願発明(本願第一発明)の実施例1ないし11は、いずれもアスコルビン酸酸化酵素を反応混合物中に添加していることを理由として、本願発明(本願第一発明)においては、アスコルビン酸酸化酵素を反応混合物中に添加するものである旨主張する。
しかし、右の「アスコルビン酸酸化酵素の存在下で行う」というのは、アスコルビン酸酸化酵素の前記(1)、(2)のような使用態様を含むものと解するのが相当であり、前掲甲第五号証によれば、本願明細書に記載されている本願第一発明の実施例8(尿中のグルコース検出用の試験紙)、同9(尿中の血液検出用の試験紙)は、アスコルビン酸酸化酵素を前記(1)の態様で使用しているものであり、実施例10(尿中の血液検出用の試験紙)は、アスコルビン酸酸化酵素を前記(2)の態様で使用しているものであることが認められるから、原告の右主張は理由がない。
2 次に、成立に争いのない甲第九号証(引用例一)によれば、引用例一記載の発明は、「生化学及び生体液のような液体の分析用の一体型多層要素に関する。」(同号証の明細書の項第一頁右下欄第五、第六行)ものであり、引用例一には、右一体型液体分析要素は、(ⅰ)放射透過性支持体層、(ⅱ)被験物質又はその前駆物質に対し、浸透性で、かつ、被験物質の存在下に拡散性の検知可能な化学種を与える相互作用性物質から成る反応試薬層、(ⅲ)反応試薬層と支持体との間に位置し、前記検知可能な化学種に対し浸透性で、かつ、そこで化学種を検知する検出層、(ⅳ)(a)前記検知可能な化学種に対し浸透性で、かつ、検出層と反応試薬層との間に位置する放射ブロツキング層と(b)被験物質又はその前駆物質を自己の層内に拡布でき、かつ、前記反応試薬層からみて前記支持体層側とは反対側に位置する等方的多孔性展開層とから選定された少なくとも一つの層を重ね合わせて一体となした多層構造のもの(特許請求の範囲の記載参照)であると記載されていることが認められる。
ところで、前掲甲第九号証によれば、引用例一の明細書の項の発明の詳細な説明には、「要素の層には、化学反応又はその他によつて、選択された分析に対して潜在的に有害な物質を該選択分析において非活性にすることのできる物質を含めることも好ましい。一例として、アスコルベートオキシダーゼを要素中に組込んでグルコースの分析を妨害するアスコルベートイオンを除去することができる。」(甲第九号証第一三頁―通し頁第五八三頁―左下欄第九ないし第一六行)と記載されていることが認められ(引用例一に当該事項が記載されていることは当事者間に争いがない。)、右記載は、引用例一記載の発明に係る一体型液体分析要素を構成する層にアスコルビン酸酸化酵素を組み込むことにより、グルコースの分析の際に障害となるアスコルビン酸を除去することができることを意味するものであることは明らかである。そして、グルコースの分析の際に障害となるアスコルビン酸を除去するという目的からすると、引用例一記載のものにおいて、アスコルビン酸酸化酵素は反応試薬層に組み込まれているものと解するのが自然であるが、仮に反応試薬層以外の層に組み込まれているとしても、被験物質又はその前駆物質と反応試薬とが反応する場に存在するように組み込まれていると解するのが相当である。
3 右のとおり、本願第一発明に係る測定法は、担体に試薬とアスコルビン酸酸化酵素とを含浸させた試験紙、あるいは試薬を含浸させた担体とアスコルビン酸酸化酵素を含浸させた担体とを合体させた試験紙に試料物質(被試験溶液)を接触させて測定する態様を包含するものであるところ、引用例一記載のものにおいても、反応試薬層を有する多層の一体型液体分析要素(本願発明における前記試験紙に相当する。)中にアスコルビン酸酸化酵素を組み込み、これに被験物質(本願第一発明における試料物質、被試験溶液に相当する。)を接触させて分析、測定するものであるから、両者に、測定に当たつてのアスコルビン酸酸化酵素の使用態様に相違があるとは認められない。
以上のとおりであるから、本願発明(本願第一発明)においてはアスコルビン酸酸化酵素を反応混合物中に添加しているのに対し、引用例一記載のものにおいてはアスコルビン酸酸化酵素を反応混合物とは別個の要素の層中で使用しているという相違点があるにもかかわらず、審決は右相違点を看過している旨の原告の主張は理由がない。したがつて、右相違点があることを前提として、本願発明(本願第一発明)には格別の作用効果があるのに審決はこれも看過した旨の原告の主張も採用するに由なく、結局、審決には原告主張の違法はない。
三 以上に説示したとおり、本願第一発明は引用例一に基づいて当業者が容易に発明をすることができた旨の審決の認定、判断に原告主張の違法が認められない以上、本願第二発明の特許要件の有無について審究するまでもなく(なお、この点について原告から何らの主張もなされていないこと前述のとおりである。)、本願発明は特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができないとした審決の判断は正当として是認することができる。
四 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
1 測定反応としてレドツクス反応を使用して基質又は酵素活性度を測定するに当り、西洋かぼちや(キユーカビタ ペポ メドウローサ(Cucurbita pepo medullosa))から得たアスコルビン酸酸化酵素の存在下で行うことを特徴とする基質又は酵素活性度の測定法(以下「本願第一発明」という。)。
2 測定反応としてのレドツクス反応で基質又は酵素を測定する系を含有し、付加的に西洋かぼちや(キユーカビタ ペポ メドウローサ(Cucurbita pepo medullosa))から得たアスコルビン酸酸化酵素を含有することを特徴とする基質又は酵素活性度を酵素により測定するための試薬(以下「本願第二発明」という。)。